江戸情緒を感じる屋形船

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屋形船の歴史

船遊びはいつごろからされていたのでしょうか。

平安時代の貴族の船遊びが始まりです。当時の船遊びの様子を知ることができるのが京都の三船祭りです。嵐山、渡月橋上流の大堰川で催されます。車折神社での神事の後に、御座船、龍頭船、献茶随待船、扇流船など20数艘の船が出て、献茶、雅楽、琴の演奏などが奉納されました。その他にも稚児船、謡曲船などにより諸芸能を奉納され平安貴族の雅な遊びが偲ばれます。

江戸は隅田川などを中心とした水上交通が発達しました。武士や大名をはじめ比較的裕福な町民などが屋形船遊びを行うようになりました。各地で花見をしたり、俳句を詠んだりと楽しまれ、やがて江戸に限らず日本全国でも盛んになっていきました。やがて船体は金具や漆など華美になり芸者衆を乗せ酒宴を開くなど華やかになりました。大坂には二階造りの大屋形までありました。幕府はついに装飾や大きさに制限、禁令を出すようになりました。明治以降も庶民の間で「風流な遊び」として昭和初期まで全国各地で親しまれてきました。

昭和30年代以降高度成長とともに東京湾の汚染が進み、堤防が作られたりすると東京湾の屋形船は衰退していきました。釣り船なども神奈川や千葉のほうまで船を出さないと釣りもできない状態でした。悪臭のため川のそばに近寄ることもできないほどでしたが、下水道整備などにより徐々に水質は改善され始め、水辺に近づきやすく散策も楽しめるスーパー堤防や緩傾斜型堤防やテラスなども整備され始め、魚たちも戻ってきて屋形船は復活しました。